かずきち。の日記

サーバサイドエンジニアのつぶやき

「ソフトの中古販売は合法」というEUの判例は本当?メルカリで売られているM365 for Macの正体は?


毎月、地味に家計を圧迫するサブスクリプション費用

その筆頭格が「Microsoft 365(旧Office 365)」です。
公式で契約すると、Personal版でも年間1万数千円。「もう少し安くならないか…」と検索していると、ある噂を耳にしました。

「EUではソフトウェアライセンスの転売が認められている」

これはいわゆる「権利消尽(Exhaustion of Rights)」の原則に基づくもので、一度購入されたソフトの権利はメーカーの手を離れ、ユーザーが自由に売買できるという考え方です。
「もしかして、日本でも『中古ライセンス』が安く出回っているのでは?」 そう思い立ち、今回はメルカリで激安ライセンスを購入し、実際に使えるのか検証してみました。

そもそも「ライセンスの切り売り」は認められているのか?(EUの事例)

まず、この検証の根拠となる「EUの事例」について軽くおさらいします。

2012年、欧州司法裁判所(CJEU)はUsedSoft vs Oracleの裁判において画期的な判決を下しました。
要約すると以下の通りです。

「ソフトウェアメーカーは、ダウンロード販売されたソフトであっても、その中古転売を禁止することはできない」

これにより、EU圏内では企業が使わなくなった永久ライセンス(買い切り版)を他社に売却すること(ライセンスのリサイクル)が法的にクリアになりました。

「なるほど、それならメルカリで売られている激安Officeも、誰かが不要になった正規ライセンスの『お下がり』かもしれない!」

そんな淡い期待を抱きつつ、フリマアプリを開きました。

メルカリでの購入:価格破壊の「300円」

メルカリの検索窓に「Microsoft 365」と打ち込むと、驚愕の世界が広がっていました。

価格: 300円 〜 1,000円

商品名: 「Microsoft 365 ProPlus 5台用 即日発送」

説明文: 「正規品、永続版、認証保証」

公式価格の95%OFFどころではありません。缶ジュース2本分です。
とりあえず、評価が高く、取引実績の多い出品者から500円の商品を購入してみました。

購入直後のメッセージ
購入からわずか10分後、出品者からメッセージが届きました。しかし、そこに書かれていたのは「プロダクトキー」ではありませんでした。

「ご購入ありがとうございます。 以下のID(メールアドレス)とパスワードを使ってサインインしてください。」

ID: user1234@example.onmicrosoft.com Pass: XXXXXXXX

ここであれ?と思いました。
自分のMicrosoftアカウントに紐づけるのではなく、「出品者が用意したアカウント」を使う仕組みのようです。

インストールと認証:あっさり完了

指定されたIDとパスワードを使い、Microsoftの公式サイト(Office.com)へログインします。
初回ログイン時にパスワードの変更を求められ、それを済ませると、正規のダッシュボードが表示されました。

右上の「アプリをインストール」ボタンを押すと、インストーラーが降りてきます。

インストール: 問題なし

認証: 完了

Excel/Wordの起動: 問題なし

拍子抜けするほど普通に使えてしまいました。
バージョン情報を確認すると、確かに「Microsoft 365 Apps for enterprise」として認証されています。

「500円で最新のOfficeが手に入った! EUの判例のおかげで、日本でもこういうリユースが進んでいるのか!」
……と喜びたいところですが、ここからが「闇」の検証です。

【真相】なぜこんなに安いのか? 本当に安全なのか?

EUの判例は確かに「買い切り版ライセンスの転売」を認めました。
アカウント情報の詳細を確認して、そのカラクリが判明しました。

① これは「組織用アカウント」の切り売り
私が渡されたアカウントのドメイン(@以降)は、正規の企業や教育機関が使うものではなく、よく見ると不思議な文字列でした。
これは、業者が「法人/教育機関向けのボリュームライセンス」を契約し、その中のユーザー枠(1ユーザーあたり5台まで利用可能)をバラ売りしているものです。

② 管理者は「出品者」である恐怖
これが最大のリスクです。このアカウントの「管理者(Admin)」は、私ではなく出品者(またはその大元の業者)です。 つまり、管理者は以下のことが可能です。

いつでも私のアカウントを削除・停止できる(ある日突然使えなくなる)

OneDriveに保存したデータを閲覧できる可能性がある

私が「個人のプライベートな写真」や「仕事の機密ファイル」をこのクラウドに保存した場合、管理権限を持つ業者はそれにアクセスできる可能性があります。

EUの判例との決定的な違い

EUで認められたのは「永久ライセンス(所有権)」の移転です。
しかし、Microsoft 365は「サブスクリプション(利用権)」です。Microsoftの規約上、サブスクリプションのアカウント譲渡は明確に禁止されています。 つまり、これは「EUの判例に基づいた正当な権利行使」ではなく、単なる「規約違反の不正アカウント販売」でした。


今回の検証まとめ:

EUの事例(権利消尽)は、サブスクリプション形式(M365)には適用されにくい。
メルカリ等の格安ライセンスは「中古」ではなく「不正切り売り」がほとんど。

500円で買えるのは「いつ消えるか分からない、データを見られるかもしれないリスク」である。

EUの事例を拡大解釈して「安く買える裏技がある」と信じるのは危険です。仕事や大切なデータを守るためにも、正規のルート(Microsoft公式やAmazonのオンラインコード版など)で購入することを強くおすすめします。

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